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第7回 柏谷好恵さん こんにちは
1 補習校滞在期間 1989 年 11 月~ 1994 年2月(小4~中2)(旧姓 米良)
2 近況について 補習校の皆さん、はじめまして、こんにちは。私は現在、 KLM オランダ航空日本人客室乗務員として、空を飛んでいます。今回このような形で皆さんとお話しできて大変うれしく思っております。日本に帰国してから今に至るまでの話をすることで、少しでも皆さんの今後のお役にたてたら・・・と思いペンを取りました。
3 日本に帰国してから
日本へ帰国後~大学に至るまで 日本へ帰国して、福岡にあるエレベーター式帰国子女受入校に合格し、中学校 3 年生から編入しました。帰国後は、知人の紹介で様々な国際イベント(ユニバーシアード、国際陸上、東アジア競技大会など)に通訳ボランティアとして参加していました。今考えると、英会話学校とはまた違った形で人と接しながら、生きた英語を維持していたのだなと思います。大阪の外国語大学に在学中は、直接通訳等の英語の仕事が舞い込んでくるようになりました。日本に帰国後は決して平坦とはいえぬ日々でしたが、不思議なことに常に私の心の支え、原動力となったものはイギリスで過ごした日々・そして大切な仲間の存在でした。だからなおさら、その象徴といえる言語力を失いたくなかったのです。日本に帰国してからの 3 年はとても必死だったことを、まだ昨日のように鮮明に覚えています。
日本での就職 公の国際大会の時、英語を母国語としない外国人選手に英語を教えていました。そして、「好恵は英語を教えるのがうまい!!」そんな選手達のほめ言葉にまんまとだまされ(笑)客室乗務員の夢よりも、英語の先生の方を優先する結果となりました。大学卒業後、地元の福岡に戻り、生徒数 600 名の英会話の学校で副主任として、主にビジネスマン、大学院生に英語を教えていました。そこで、今の主人と出会い、 24 歳で結婚しました。幸いなことに、主人も幼少時代、父親の仕事の都合でアメリカに住んでいたので、日本人か外国人か分からない私のこの性格をよく理解していてくれました。(皆さん、やはり海外に住むと、自分のアイデンティティーがなんなのか分からなくなるのは本当です)そして彼の仕事の都合で、三島(静岡)に住むことになりました。
結婚してから半年たったある日、東京の友人からCMに出てみないか?という誘いを受け、ちょこちょこテレビのCMに出ていました。(東京ウィークリーマンションや、整髪料のサクセス、ハンドモデルでは、アメリカンエクスプレスなど)そのうちに私の本業はCMの仕事ではなく英語を話すことだと再認識し、芸能界の仕事をしていたことがきっかけで、女優さんや監督さんに英語を教えるようになりました。今もその仕事は続けています。そしてまたそんなある日、友人から KLM オランダ航空の募集の話を聞きました。受けてみると合格・・・こうして主婦・英語の先生・客室乗務員と三足のワラジ生活が始まりました。
KLM オランダ航空日本人客室乗務員として 勤務スケジュールは、月に 2 、 3 回のフライト(年に 2 回の一ヶ月間のバケーション)です。私は成田ベース(成田ベースの日本人客室乗務員は計 50 名)なので、フライトの前日に三島から東京(昼間・午後に英語のレッスンを入れて)に出て、夜、成田に入ります。オランダ人はとても人なつっこい上、本当に穏やかで優しいので、一緒に働いていて本当に楽しいです。お客様が乗務して、飛行機が離陸すると飛行時間の 12 時間は、あっという間です。もちろん楽しく働いていますが、気を張っているのも確かです。ですから、なんのゴタゴタも無く飛行機が無事、日本に着くと本当に嬉しいです。
4 後輩へ一言 今皆さんがイギリスで経験されていること、それは経験したくても、なかなかできない事です。もちろん近年、留学をされる人々は増えてきましたが、一人で行く海外と家族皆で住む海外。これは全く違います。当時私はまだ、幼かったので、その価値は全く分かりませんでしたが、今思うと、イギリスでの経験が今の私の全ての基礎となっているのです。 そんな素敵な経験を今、皆さんは現在進行形でされているのです。どうか、一日一日を大切に過ごしてください。そして、そんな素敵な時間を皆さんに与えて |