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>>>メニューページに戻る 第14回 前場 智也さん こんにちは
1 イギリス滞在期間 小学校2年生から6年生
2 帰国後
中学校では、小学校時代の友達が大勢いたので、友人関係では苦労することはありませんでした。しかし、やはり帰国子女というのが珍しいせいか、「英語をしゃべってみて」と言われることが多かったです。英語をしゃべった時の反応も、人それぞれで、「すごい」と言われることもあれば、まったく逆の反応をする人もいるため、帰国子女ということは、自分からは言わないようにしていました。また英語のテストなども、すべて感覚で問題を解いていたので、文法や難しい構文などは、今でも理解することができません。そのため、勉強をしなくてもある程度の点数はとれるものの、満点などをとれることはなかったです。 補習校では勉強しない理科と社会も、帰国当初は苦労しました。大学受験を通じて、歴史は好きになれたものの、今でも都道府県の正確な位置はわからず、理科に関して言えば、補習校のみんなや、そこらへんを歩いている小学生よりも、知識は確実に下でしょう(笑)
3 近況(2007年9月22日の補習校訪問の感想)
現在は、都内の大学に通う大学4年生で、経営学を専攻しています。来年からは、就職して社会人になるので、時間に余裕があるときにと思い、今回、帰国後初めてのイギリス旅行を計画しました。これは、小さい頃とは違う視点で、自分が育ったイギリスという国を見てみたいと考えたからでした。補習校では、自由に見学させていただき、ありがとうございました。とても懐かしく、また今になって自分が補習校にいることを、少し不思議に感じましたが、充実した一日を過ごすことができました。一緒にサッカーをしてくれた男の子や、授業を受けた子たち、お昼を食べながら話した女の子たち、また気さくに声をかけてくださった先生方や保護者の皆さん、本当にありがとうございました。午前中は小4のクラスで、一緒に詩を書かせてもらい、中学2,3年のクラスで、「天声人語」を扱った道徳的な内容の国語の授業を見学させてもらいました。また、午後は午後の算数では、小3が走り幅跳びをして、実際の長さを測ることで、長さの勉強をしていた。自分が通学していた頃と比べて、違うなと思ったことがある。一つ目は、休み時間や昼食の時、男子と女子が完全に分かれている点。自分達が小6の時は、休み時間は男子と女子がいつも一緒に遊んでいた。サッカーやおにごっこなど、みんなで何をするか相談していた。お弁当も一緒に食べていた。二つ目は、たとえば「プラクティスしてもいいですか」のように、日本語の会話に英語の単語がまじっている点。自分達の時は、英語をしゃべろうとする子は、いなかったし、英語まじりの会話は無かった。三つ目に、補習校に保護者の姿が多い点も、目を引いた。以前は、当番のお母さんしかいなかった。休み時間に、親の所にいって、話をしている子供もいた。母が補習校の先生をしていたが、補習校では全く話をしなかった。四つ目に、生徒の人数が少ないからか、授業の雰囲気がリラックスしていた。自分達の時は、テストはテストとして厳しく行われていた。他にびっくりしたことは、校歌ができていたこと。それから、ハンドベルクラブの活動があるのがよかった。授業以外で、何か活動できるというのがよい。自分達の時は、そういうのはなかった。補習校の子供達は、とても純粋で、日本の同じ年代の子供達に比べて、子供らしい感じがした。中学生の女子とも、お弁当を食べながら、いろいろ話をしたが、おもしろかった。ただ、補習校の図書室に行きそびれてしまったのが、心残りだ。実は図書室で、「白い帽子」の絵本を見たかった。小4の時、「白い帽子」の続編を横澤君が毎週書いてきていた。朝、登校すると「今日も新しいの書いてきたよ」とノートを見せてくれるので、みんなで読むのが楽しみだった。それをコピーして、校長先生が本にして、図書室に置いていた。あれは、今どうなっているのだろうか。(田口:七月の七夕バザーの時に、間違って廃棄されないように、私が持ち帰り保管していますよ)
4 後輩へのメッセージ
イギリス生活を楽しんで、思い出をたくさん作ってほしい。それはきっと良い経験になる。自分はイギリスに来ることになった時は、嫌で行きたくないと泣いたのを覚えている。最初通学していた私立校に、日本人の友達がいたことが、とても心強かった。英語にも慣れて、公立校に転校した。英語に慣れてくると、かえって日本人はいない方がいいかもしれない。最初は、日本語アクセントの英語を、まねされてからかわれることがあって、嫌だったことも、よく覚えている。でも、後で振り返ると、イギリス生活は、とても貴重な経験だったと思える。だから、今は何も考えないで、一生懸命勉強して、おもいきり楽しんで、毎日を過ごしてください。 |