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第18回 黒瀬 申吾さん こんにちは

 

     タイトル:コミュニケーション

     名前:クロセシンゴ(カタカナは作家名。本名:黒瀬申悟)

1 渡英期間

19958月(小学校4年生)~ 19993月(中学校1年生)

 2 イギリスに来た頃のこと

 クラスの皆で育てていたトマトに、水をあげに学校の校庭に通っていた小学校4年生の夏休み、私は日本を離れました。父親の仕事の転勤でした。一足先に転勤先に移り住んでいた父親の後を追い、母親に兄と一緒に連れられて私が向かった先は、イギリスという国のウェールズと呼ばれる場所でした。当時、まだ幼かった私は外国に行けるというだけで、心を躍らせていたのを覚えています。

しかし、現実は厳しく、アルファベットもろくに書けないまま入った現地の学校では、正直苦労の連続でした。先生やクラスメイトが何を言っているのか全く理解することが出来ず、当然授業にもついていくことなど出来ませんでした。先生やクラスメイトから、ちょっとしたイジメのようなことを受けることもありました。とは言うものの、学校のほとんどの人は優しい人ばかりで、いつも笑顔で接してくれました。

幸いにも、幼い頃から絵を描くことが好きだった私は、積極的にたくさんの絵を描くことで、自分の存在を周りにアピールし、次第に学校内でも絵を通じてコミュニケーションを取ることが出来るようになっていきました。自分が描いた絵を見た人が、喜んでくれる、感動してくれる、褒めてくれる、その繰り返しでより一層絵を好きになっていきました。この頃から、絵を描くということが私の生活の中で、益々身近なことになっていった気がします。

 3 帰国してから

 日本に帰国してからも毎日のように絵を描いていた私は、地元の中学校、高校を卒業して絵やデザインを学ぶ専門学校に通いました。それまでは、独学で好き勝手に絵を描いていた私ですが、専門学校で様々な知識や技術を学び、自分の知らなかった世界をたくさん体験しました。その時感じた驚きや新鮮な気持ちは、渡英した時に匹敵するほどでした。専門学校を卒業した私は今、イラストレーターという仕事をしています。イラストレーターとは、画家とは違い、商業的に頼まれて絵(イラスト)を描く職業のことです。具体的には、本の表紙や挿絵を描いたりします。私がイラストレーターという職業を初めて知ったのは、確か小学校6年生か中学校1年生の頃だったと思います。絵が好きという理由だけで、漫画家になることが小さい頃からの夢でしたが、文章や物語を考えることが余り得意ではなかったので、イラストレーターこそ自分が目指すべき職業だと、この頃強く感じました。

4 後輩へのメッセージ

 渡英してから約14年間、私は絵を描き続けてきてイラストレーターになることが出来ました。一人前のイラストレーターとしてはまだまだ未熟ですが、ここに来るまでたくさんの人に助けられ、様々な環境に恵まれて来たからこそ、イラストレーターになることが出来たのだと思います。そして、アルファベットもろくに書けないままイギリスへ渡り、絵をコミュニケーション手段にしていなければ、イラストレーターを目指すこともなかったことでしょう。そう思うと、最初は苦しいことばかりでしたが、イギリスへ渡って良かったと思います。

 コミュニケーション手段。それは、私にとっては絵を描くということでしたが、楽器を弾く人、スポーツをする人、料理をする人、勉強をする人、その方法は人それぞれだと思います。いつ、どこで、何が自分のコミュニケーション手段になるかは分かりませんが、それは必ず自分を助けてくれる物になると、私は思います。 

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