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>>>メニューページに戻る 生徒の作文 10年10月あのねちょう 9月23日 小3 寺尾ミニ 今日、ニューポートに電車で行きました。先週の土曜日は、ほ習校に電車にのって行きました。電車からおりた時、かばんを電車の中においていってしまいました。ほ習校についた時、わたしはどうぐがなかったので、ほのかちゃんのものとかわい先生のものをかしてもらいました。 ニューポートの駅の中にロストプロパテイーオフィスがあるので、そこへかばんがとどいていないか、聞きに行きました。オフィスのおばさんがわたしのかばんをさがしている間、わたしはどきどきしていました。かばんがあるかないか、心ぱいだったからです。しばらくすると、おばさんがかばんを見つけて出て来ました。わたしはとてもうれしかったです。かばんの中に入っていたものは、全部入っていました。本当によかったです。 自分の新しい家 小4 松岡りょうま ぼくは、一週間前から、母と父の引っこしのお手つだいをしていました。知り合いの人に、大きなたなや自転車を持っていってもらったり、おもちゃや自分の勉強道具を箱の中に入れて、何を入れたかマークペンで書いて、ガムテープで箱をしめるのを何回もやったり、この仕事を毎日したのでもとてもしんどかったです。やっと九月四日のほ習校が終わってから、新しい家に来れました。その家は、とてもきれいで、前ぼくが住んでいた家よりもきれいで、とても良いところでした。ぼくは、今からこの新しい家の何がすきなのかの理由を説明します。 一つ目は、コンサーバトリーがきれいだと思ったことです。それは、その部屋がガラスで、かこまれているみたいで、前から友達の家に行った時、この部屋が自分の家にあったらいいなあと思っていたからです。 二つ目は、学校がとても近いことです。学校が近ければ、ちこくもしないし、母も送りむかえしなくていいから、仕事も早く終わらせられるからです。 三つ目は、勉強づくえがあることです。ぼくは、一年生のときから、自分の勉強づくえがほしいなあと、いつ、もらえるのかなあと思っていたし、その部屋には、ぼくのベッドがあるので、この部屋までぼくのになるのがとてもうれしかったです。だから、ぼくはこの家に引っこしができて、とてもうれしかったです。 短作文 「コミュニケーション」とは 中1 山本朋世 私は、「コミュニケーション」の意味を会話のことだと思っていた。 私は、人と人が会話することをコミュニケーションと思っていたので、「家族のコミュニケーション」「親子のコミュニケーション」も、「家族の会話」「親子の会話」という意味だと思っていた。 しかし、辞書で調べてみると、私の思っていた意味とは違った。「コミュニケーション」の本当の意味は、言葉や文字などで、意思の伝達を行うこと、と書いてあった。だから、「家族のコミュニケーション」「親子のコミュニケーション」の意味も違った。それは、自分で思っていた「コミュニケーション」の意味と、本当の意味を比べてみると、会話と伝達では、全く違う意味だった。 中1 林由斐 「コミュニケーション」ということはずっと、お互いに話をすることだと思っていました。そしてこの作文を書くために、辞書で調べました。そしたら、「言葉や文字、身振りなどを使って、考えや気持ちを通じ合うこと」と書いてありました。「えっ、意外・・・」と思ったので、他の辞書で調べてみたら、全く同じことが書かれてあったので、びっくりしました。 教科書の42ページの15行目から、2,3行読んでみると、「やっぱり辞書の方が正しかったんだ」と納得できました。私が前まで思っていた考えでも変ではないけど、辞書にのっていた意味の方がしっくりきました。このように、身近にところにかんちがいがあるんだなと思いました。 |